岡山地方裁判所 昭和41年(ワ)588号 判決 1969年5月14日
原告
高原喜久代
ほか四名
被告
松田初夫
ほか二名
主文
一、被告松田初夫、川手三郎は各自、原告高原喜久代、高原俊彦、高原清美に対し、それぞれ一五〇万円、原告大亀吉五郎、大亀芳子に対し、それぞれ二〇万円およびこれらに対する昭和四一年二月一八日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告らの被告岡本清彦に対する請求はこれを棄却する。
三、訴訟費用中、原告らと被告松田初夫、川手三郎との間に生じたものは被告松田初夫、川手三郎の連帯負担とし、原告らと被告岡本清彦との間に生じたものは、原告らの負担とする。
四、この判決第一項は、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
原告ら訴訟代理人は「被告三名は連帯して、原告高原喜久代、高原俊彦、高原清美に対し、各一五〇万円、原告大亀吉五郎、大亀芳子に対し、各二〇万円およびこれらに対する昭和四一年二月一八日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告松田、川手両名訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行免脱の宣言を求め、被告岡本訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、請求原因
一、原告高原喜久代は訴外高原三郎の配偶者、同高原俊彦、清美はいずれも右訴外人の子、同大亀吉五郎、芳子は右訴外人の両親である。
二、被告川手は、昭和四一年二月一六日午後一〇時頃被告岡本が所有する普通貨物自動車岡一す六三―〇六号(以下、単に本件自動車という。)を運転し、岡山県邑久郡長船町長船一〇八二番地先国道を東進し、先行していた自動車を追越すため道路中央線より右側に出て、時速六〇キロメートル位に加速して進行中、かかる場合運転者たる者は、絶えず前方を注視し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに拘わらず進路を左に戻すことに注意を奪われてこれを怠つたため折柄道路右端附近を対面歩行していた訴外高原三郎の発見が遅れ、自車右側面部に衝突せしめ、よつて、右訴外人を死亡させた。
三、被告松田は古物商を営業しており、被告川手は、被告松田に雇用され、被告松田の営業に従事していたものであり、本件事故は、被告川手が被告松田の営業に従事しているとき発生したものである。
四、被告岡本は、本件自動車の強制保険加入名義人になつていることからも明らかなとおり右自動車の所有者であり、その運行を支配し、運行利益を享受していたのであるから、自動車損害賠償保障法(以下、単に、自賠法という)第三条所定のいわゆる運行供用者責任を負うべきであり、かりにそうでないとしても、同被告は、訴外岡山菱和自動車株式会社勤務のセールスマンとして被告松田に対し本件自動車を販売した際、被告松田から頼まれて、運輸大臣(陸運局長)から増車の認可がおりるまで自分の名義を貸与し使用させていたのであるから、たとえ被告松田が右自動車を自己の計算で運行していたとしても、或る範囲までは名義貸与者たる被告岡本がこれを指揮監督していたであろうことは自明の理であり、また右のごとく違法に自己の名義を貸与したものである以上事故が起らないよう十分これを指揮監督すべき地位にもあつたのであるから、被告岡本は民法第七一五条所定のいわゆる使用者責任を負つてしかるべきである。
五、訴外三郎は、昭和五年一一月二二日生れ、死亡当時三五才で、なお三五・二七年の平均余命を有し、少くとも訴外人が勤務していた品川白煉瓦株式会社の停年である五五才まで後約二〇年間は右訴外会社に勤務することができたのであるが、その間に得る収入は、給与総額一六三五万六一三三円、賞与総額三三五万六九五八円(以上別表参照)退職金一〇一万三三七六円、退職積立年金会社積立額一三万八六八四円、退職時共済会餞別金八、五〇〇円総額二〇八七万三六五一円であり、その間の訴外人の生活費・交際費は、一ケ月一万五〇〇〇円を越えることはないから総額三六〇万円となり、これを右収入から控除すると、一七二七万三六五一円が右訴外人の取得しえた純収益であることが計数上明らかである。
そこで右金額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出した八六三万六八二五円(一七二七万三六五一円×〇・五)が本件事故当時右訴外人の裁つた損害中の逸失利益額である。原告喜久代、俊彦、清美は、この損害賠償請求権を相続分の割合に応じて三分の一(二八七万八九四二円)宛承継した。
ところで右原告三名は、保険会社より一〇〇万円、被告松田より五〇万円計一五〇万円の支払を受け、右原告らの相続した逸失利益損害額に各五〇万円宛充当したので、その残額は夫々二三七万八九四二円となる。
六、(一) 原告喜久代は、一家の大黒柱である訴外三郎を失い自分の将来や子供、老人の行末を考えると筆舌に表し難い精神的打撃を受けた。この苦痛を慰藉するには五〇万円をもって相当とする。
(二) 原告俊彦、清美は右訴外人の保護の下に、高校、大学等の進学ならびに将来の幸福な生活を夢みていたのであるが、本件事故のためその夢は崩れ、原告喜久代と共に苦難の多い、片親だけの生活を送らねばならぬこととなつた。原告両名のかかる精神的苦痛を慰藉するには、各五〇万円をもつて相当とする。
(三) 原告大亀吉五郎、芳子は訴外三郎の実父母として訴外三郎およびその家族の幸福を願つていたのであるが、本件事故のため最愛の子を失い、孫および訴外三郎の配偶者の苦しい生活を見守ることになつたのであり、その精神的苦痛を慰藉するには、各二〇万円をもつて相当とする。
七、よつて被告ら各自に対し原告喜久代、俊彦、清美は、前記金額合計二八七万八九四二円中夫々一五〇万円、原告大亀吉五郎、芳子は夫々二〇万円、およびこれらに対し訴外三郎死亡の日の翌日である昭和四一年二月一八日から支払済みにいたるまで民法所定年五分の割合による金員を附加して支払うよう求める。
第三、請求原因に対する被告らの認否
被告松田・川手両名訴訟代理人は、「請求原因一の事実は不知。同二の事実中原告ら主張の日時・場所において被告川手が本件自動車を運転し先行車を追越そうとしたことは認めるが其の余の事実は争う。同三の事実中、被告川手が同松田に雇用されていたことは認めるが其の余の事実は争う。同五の事実中、保険会社より一〇〇万円、被告松田より計五〇万円の支払がなされたことを除き、その余は争う。同六の事実は争う。」
と述べ、
被告岡本訴訟代理人は、「請求原因二、三の事実中、被告岡本が本件自動車の所有者であるとの点を否認し、被告松田が古物商を営んでいる事実を認め、その余の事実は不知。同四の事実中、訴外岡山菱和自動車株式会社のセールスマンであつた被告岡本が被告松田に対し、本件自動車を販売した際、原告らの主張どおり、自己の名義を貸与し、右自動車の強制保険加入名義人等になつたことは認めるが、その余の事実は争う。被告岡本は被告松田に対し単に自己の名義を貸与しただけであり、本件自動車の運行につきその支配や利益を収めておらずいわゆる運行供用者責任を問われるいわれがなく、また名義貸与の右事実をもつて直ちにいわゆる使用者責任を負わねばならぬ筋合のものでもない。」と述べた。
第四、被告らの主張
被告松田、川手両名訴訟代理人は、「本件事故当時は夜中の一〇時五〇分頃で暗いうえ、当日は雨天であり、自動車運転者にとつてライトの照射距離に限界があるため前方の見通しがつきにくかつたのであるから、本件国道を西進していた訴外三郎において正面から来る自動車が前方車両を追い越すためセンターラインを越えて進行してきた場合にはこれと衝突することがないよう右道路の左端に沿つて真直ぐ歩行すべき注意義務があるのにこれを怠り酔余の勢もあつて本件自動車のライトの照射範囲外たる道路の左側(南側)から突然道路の中央に向つて二米ほど飛び出したため、本件事故に遭遇したものであつて、被告川手には何らの過失もない。仮に被告川手に過失ありとするも本件事故は前記のとおり被害者訴外三郎の過失に負うところが大きいから、損害額の算定にあたつては、これを斟酌すべきである。」と述べた。
第五、証拠〔略〕
理由
一、被告松田・川手に対する請求について。
(一) 原告ら主張の日時・場所において、被告川手が本件自動車を運転し先行車を追越そうとしたことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕を綜合すれば、被告川手は先行車を追越すため、道路中央部より右側(南側)に出て、時速六〇キロメートル位に加速して国道を東進中、およそ自動車運転者たる者は、かかる場合絶えず前方を注視し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにも拘わらず、進路を左に戻すことに気を奪われて、前方注視をおろそかにした過失のため、折柄道路右端附近を対面歩行していた訴外三郎の発見が遅れ、自車右前側面部を同人に衝突させて翌二月一七日午後六時頃死亡せしめた事実を認定することができる。もつとも被告らは本件事故発生の原因について、訴外三郎が前記国道右側(南側)から酔余の勢で突然道路中央部へ飛び出してきたため生じたもので、被告川手にとつては不可抗力と言うべく、かりに不可抗力とまでは言えないとしても、訴外三郎に被告ら主張どおりの過失がありこれが本件事故発生の最大の誘因となつていると述べ、〔証拠略〕中には右主張にそう部分が存在するが、〔証拠略〕に照らし措信しがたく、その他に前記認定を左右するに足る証拠はない。
(二) 被告川手が同松田に雇用されていることは当事者間に争いがなく〔証拠略〕を綜合すると、被告松田は運送業と廃品回収業を経営しており、被告川手は事故当日ボロ綿の運搬を命ぜられて運送の途上本件事故を起したことを認めることができる。
よつて被告松田は、その被用者たる被告川手が右事業の執行途上起した本件不法行為につき、原告らに使用者として損害の賠償責任を負う。
(三) 訴外三郎の逸失利益による損害
〔証拠略〕を綜合すれば、訴外三郎は、昭和五年一一月二二日生れ、死亡当時三五才の健康な男子で品川白煉瓦株式会社に勤務し、同会社の停年退職の日一杯まで後一九年九ケ月の間働き続けたであろうこと、そしてその間に、同訴外会社から原告ら主張どおり少くとも総額二〇八七万三六五一円の収入を得、原告ら主張どおり総額三六〇万円の生活費、交際費を要し、差引一七二七万三六五一円の純収益を得たであろうこと、原告らと訴外三郎との身分関係が原告らの主張どおりであることが認められ、その他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、右純収益から原告ら主張の単式ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して得た八六九万一一四五円{一七二七万三六五一円÷(一+〇・〇五×一九・七五)}が本件事故の結果発生当時一時に請求しうる逸失利益であつて、訴外三郎は右同額の損害を受けたことになり、これが賠償請求権につき原告喜久代、俊彦、清美らはその相続分に応じて三分の一宛各二八九万七〇四八円を承継したところ、原告らは保険会社より一〇〇万円、被告松田より五〇万円の支払を受け各五〇万円宛づつ右相続分に充当したと自陳するので、結局右原告らは被告両名に対しそれぞれ残額二三九万七〇四八円の損害賠償請求権を有する。
(四) 原告らの慰藉料
1 〔証拠略〕を綜合すれば、本件事故当時原告喜久代は四一才、同俊彦は一二才、同清美は九才で一家の大黒柱たる最愛の夫、父を本件事故により突如として奪い取られた憤りと悲しみが筆舌に尽くしがたいほど深いものであり、また、末長い寡婦暮しや、片親だけによる生活が精神的苦痛にみちたものであることは容易にこれを認めることができ原告らのかかる精神的苦痛を慰藉するに金銭をもつてすれば、少くとも各五〇万円宛が相当である。
2 弁論の全趣旨によれば原告大亀吉五郎、芳子らは、訴外三郎の実父母として、右訴外三郎およびその家族の幸福を願つていたことが認められるが、本件事故のため、最愛の子供を失い、孫および訴外三郎の配偶者の苦しい生活を見守ることになつた右原告らの精神的打撃は決して少いものではなく、かかる精神的苦痛を慰藉するに金銭をもつてすれば、各二〇万円宛が相当である。
二、被告岡本に対する請求について。
〔証拠略〕を綜合すれば、被告松田は、昭和四〇年五月三一日訴外岡山菱和自動車株式会社(新商号、山陽三菱自動車販売株式会社)から本件自動車を所有権留保割賦支払の特約付で買受け翌年六月四日右両名間で自動車所有権留保割賦販売契約公正証書を作成したが、被告松田は運送業に使用している手持の車両が制限数に達していたため本件自動車を使用するには、運輸大臣(陸運局長)に増車申請をしてその認可を受けなければならず通常その手続に約三ケ月位かかるので、右訴外会社の担当セールスマンであつた被告岡本に対し、右増車認可がおりるまで同被告の名義を貸して欲しい旨懇請し、同人の同意をえて本件自動車の強制保険加入者名義を被告岡本名義にするなどしてこれを使用していたこと、(なお、被告松田が、訴外会社の担当セールスマンであつた被告岡本から、右増車認可がおりるまでその名義を借り受け、右保険加入者名義等にその名を使用していたことは当事者間に争いがない)そういう訳で、被告岡本は本件自動車の使用管理につき一切関与せず、専ら被告松田が自己の営業のためこれを使用し、本件自動車の保険料、検査料、税金等も同人が被告岡本に金員を渡して支払つてもらつており、被告岡本は名義貸与料はもとより、本件自動車の運行による経済上の利益を何一つ得ていなかつたことが認められ、その他に右認定を左右するに足る証拠はない。ところでいわゆる名義貸与者に対し自賠法第三条本文所定の要件の有無を問う場合にも一般の場合と同様、同条の趣旨とするところからみて、いわゆる名義貸与者に運行支配と運行利益が認められるか否かを実質関係にまでたちいたつて判断すべきであると考えるところ、前記認定事実によれば、被告岡本は被告松田に対し単に名義を貸していたにすぎず、本件自動車の運行につき運行支配や利益を収めていたものとは認められないので同条所定の責任を負ういわれがなく、次に民法第七一五条所定の使用者責任の要件を充足しているか否かにつき検討するに、前記認定事実によれば、被告岡本は被告松田に対し自己名義の使用を許していたものの被告松田を指揮監督していたとは、外観上も実質上も認められないから、その余の判断をまつまでもなく同条所定の責任を負ういわれもまたないと言うべきである。
三、以上の次第であるから、被告松田、川手らは各自原告らに対し、前記一の(三)(四)で認定した金員の合算額(原告喜久代、俊彦、清美に対し各二八九万七〇四八円、同大亀吉五郎、芳子に対し各二〇万円)およびこれらに対する訴外三郎の死亡した日の翌日であることが前顕証拠に照らし明らかな昭和四一年二月一八日から支払済みにいたるまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金を支払うべき義務があると判断されるので、原告ら五名の右被告両名に対する本件各請求はいずれもその理由があるから認容し、被告岡本に対する請求は理由がないからこれを棄却することにする。
よつて、民訴法八九条、九三条、一九六条(ただし仮執行免脱の宣言は相当でない。)を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 裾分一立 東条敬 笠井達也)
〔別表〕 訴外高原三郎の給与および賞与総額について
<省略>